不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
そしてあるときは―――――
『ねえ、ディラン。わたくしはこの国のためにいったい何かできているのかしら』
『……と、おっしゃいますと』
『国境は未だ他国との小競り合いが続いているというし、今年は小麦も凶作だったと聞くわ。それなのにわたくしは、民のために何もできない』
『………』
『兄や弟たちのように軍の指揮を執ることも無ければ、父のように国政を取り仕切ることだってできない。……とても、無力で、それなのに税金で日々の暮らしを賄ってもらっているのよ』
『……我が君』
『これじゃあただの物乞いとなにが違うっていうの』
『……違いますよ、お分かりになりませんか?』
『………』
『あなた様方王族は、確かに民からの税で不自由なく暮らしているかもしれません。
ですが、その肩には血筋という名のこの国の過去と、責任という名のこの国の現在、そして希望という名のこの国の未来を背負っているのです』
『……血筋と責任と希望?』
『そうです。そして私は思うのです。それと引き換えにあなた方は――――自由を、持つことは許されないのだと』
『あ……』
『それがなによりの対価です。万人が享受できるはずのそれを、あなたは持つことができない。何かできているのか、ではなく、あなたは生まれながらにその責を全うしているのですよ』
『そう、なの?』
『ええ。そしてきっとこれからも、自由と引き換えに何かを諦めたり、望みが叶わないことも幾度となくあるでしょう。そのたびにどうか、噛みしめて下さい。この国の姫たる血筋、責任と、その肩に乗る我らが民の希望を』
――――あるときは、わたしの良き教師だった。
そんな彼を慕い、居心地の良い空気に身を任せていただけだったのに。
いつからか彼はわたくしの心の奥深くに陣取ってそこから頑として動こうとしなくなっていた。
「厄介なのは貴方の方だわ……、ディラン」
けれどこの気持ちは打ち明けてはいけない。
わたくしの肩に責任という名の現在がのし掛かる。
呟いた言の葉は、誰にも届くことなくわたくしだけの中に落ちていった。