不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
「さて、と。ディラン、お次はどなたにご挨拶をすればよろしくて?」
ほう、と疲れを滲ませたため息をつきつつ彼を促す。
するとディランは向こう側の一団に目配せをした。
「そろそろひとも引けてきたでしょうし、あちらの……エリシア王室の方々にご挨拶を」
エリシア王国は歴史こそ浅いが、今の王に代替わりしてから貿易面に力を入れて急速に大国へと発展してきた国だ。今一番潤っている国はどこかと聞かれたらまず出てくる名であることは確かだ。親交はそこまで密というわけではないため、挨拶は後手に回ってしまったが着実に関係を深めていきたい国のひとつである。
「……わかったわ」
「ですが、その前に」
コツン、と彼は靴を鳴らしてわたくしの行く手を阻む。
「どうかしたの?」
不思議に思って彼を見上げる。
思慮深い瞳がわたくしに注がれ、少し身体がこわばる。
「しばし、ご休憩あそばせませ、我が君。
疲れているなら早めに仰ってくれと常々申し上げているはずです」
そしてウェイターから受け取ったグラスを彼は差し出す。
「どうぞ」
「……ん、ありがと」
ふてくされたように頷くわたくしに、呆れつつも微笑む。
その表情が、すごく好きだった。
「バルコニーへ行っていてください。しばらくしたら迎えに行きますから、そしたらまたご挨拶回りへ参りましょう」
「わかったわ。……しばらくご婦人方のお相手を頼んだわ、ディラン」
「仰せのままに」
恭しく礼をする騎士。
つくづく思ってしまう。よくできた男だ、と。
それはもう、わたくしが入り込む隙など無いくらいに。