不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
バルコニーへ行き、夜風に当たる。
ここからは城下がよく見えた。点々と灯るあかりが、幻想的な音楽と相まってまるでおとぎ話のようだ。
さっきの貴婦人方が仰っていたように、これがおとぎ話だったなら――――――
こつん、と隣の柱に頭をつける。
そしたら、わたくしは身分の差なんか超えて騎士と恋に落ちることが叶うのかしら。
どうせ夢物語だ。
そんなことは許されない。特に長女の自分だ、政略結婚は目に見えている。
もらったグラスをくるくると揺らす。
透明な液体に会場から洩れる橙色の光が楽し気に反射した。
「失礼、ここ、よろしいですか」
いきなり不躾な声がかかり、驚いて後ろを振り向く。
そこにはグレーのタキシードをまとったひとりの紳士の姿があった。
しかし薄暗がりになっているバルコニーでは明確な姿かたちまでは見えない。
「え、ええ。どうぞ」
曖昧に微笑むと、彼の口調は面白そうに変化する。
「仲介人も無しに話しかけて、なんて不躾なやつだと思ってる?」
くすくすと笑う男に一歩後ずさる。
なにがそんなに楽しいのだろう。
しかも、わたくしが誰かを全くわかっていないで話しかけてくる口調にも、自然腹が立つ。
「……当たり前ですわ。レディに話しかけるのに仲介役を挟まないなんて、無礼にもほどがあります」
「なるほど、これはなかなか上質なお嬢さんに声をかけちゃったのかな、俺は」
上質、だなんて。
まるでモノを扱うような話しぶりがやけに鼻についた。
「……失礼ですが、わたくし気分が悪いんですの。お相手なら別の方に――――」
そのとき。月が、顔を出した。
辺りが月の光で照らされてゆく。わたくしの姿も、男の姿も――――。