不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
「………もしや」
わたくしの顔を見て、いま自分が話しかけていた相手が誰かわかったのだろう。彼は一瞬驚いたような表情を見せた。
けれど、ついで漏れたのは謝罪の単語などではなく。
「ぷっ、あっははは!なるほど、上質どころか最上級だったわけか!」
亜麻色の前髪をくしゃりと掻きあげる。
王族を目の前にして、その仕草と大雑把な言動に、怒るのを通り越してなんだか呆れてしまった。
「あなたって……」
はあ、とため息をつくと、悪い悪い、と彼は片手を上げる。
顔を見合わせると、ぷっとまた男は吹き出した。
つり目がちの瞳にかなり整った顔立ち。
華やかさと育ちの良さがにじみ出ているものの、こんな状況ではそれすら台無しだ。
まだ笑っている男をほっといて、手元のグラスを一気に飲み干す。
もう一杯取ってくるのを理由にここを離れましょう……そう思って舞踏会の会場に目をやる。
「………あ」
そこに、ディランが若い女性につかまっているのがみえた。
いつもの不愛想はそこにはなく、彼女につられるように笑う姿は、対外公用だと分かっていてもモヤモヤする。
わたくしのその視線に気付いたのだろう。目の前にいた男は眉を上げ、瞬く間に距離を縮めてくる。
「へえ?気に食わないな」
「な、なにがですの?」
「お姫様は、あの騎士が好きなのだろう」
「………わたくしに限って、そんなわけあるはずがないでしょう。馬鹿馬鹿しい」
ふん、とそっぽを向くと、彼はまた笑った。
「なにがおかしくて?」
「いや?哀れだなあと思ってね」
「……あなた、いい加減に……っ」
「サラ王女」
その声にハッとする。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには見知った姿がある。
「ディラン……」
その表情に青ざめる。
怒っている、これは。しかも半端じゃなく。
当然だ、どこの誰かは分からないまでも、ご賓客に主催者の娘―――かつ、一国の王女が声を荒げるなどあってはならない――――。