記憶の本〈母の中の私〉
綾野は深く溜め息をつくと、「病院には、行ったの?」と聞いてくる。

私は蚊の鳴くような小さな声で、「まだ・・。」そう言うのが精一杯だった。

「翔ちゃんには、言ったの?」

心配そうに私の顔を覗きこみながら、また綾野が聞いてきた。

綾野の心配そうな顔を見たとたん、今まで我慢してた気持が溢れ、涙がぽろぽろと溢れてきた。

「とりあえず、おもいっきり泣きな!一人で不安だったんでしょ、泣き終わったらゆっくり話聞いてあげるから、泣き終わるの待っててあげるから!」

そう言うと綾野は、私の目の前にそっとティッシュを置いてくれた。

私が泣いている間、ずっと隣で背中を摩りながら綾野は静かに、ただ静かに泣き止むのを黙って待っていてくれていた。
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