記憶の本〈母の中の私〉
帰り道。
診察室を出ると、心配した顔で私を待つ綾野の姿が見えた。

私は笑顔で、「三ヶ月だって。」そう綾野に伝えると、会計を済ませに窓口に向かった。

二人で病院を出た帰り道。

少し前を歩いていた綾野は私の方に振り向くと、

「なんか由美の笑顔見たら、拍子抜けした!大丈夫なの由美?」

と、心配しながら私の顔を覗きこんできた。

「凄いいい先生だったんだ!笑った顔がね、お母さんの優しい顔に似てたの!最初は凄い不安だったけど、先生の笑顔見たらどっか飛んでっちゃった。」

笑顔で答えた私に、綾野は少し呆れた顔をしながら、

「由美ってさぁ、変な所根性座ってるよね・・、心配して損した!」

そう言って、安心した顔をしながら私の頭をコツンと叩いた。

しばらく二人並んで歩いていたが、綾野は急に立ち止まると、

「でさぁ、翔ちゃんには何時言うの?由美はどーしたい、産みたい、産みたくない?」

真剣な顔で、私に聞いてくる。

「あっ!そうだ・・よね、うーん・・・。」

先生の笑顔のおかげですっかり忘れていたが、翔ちゃんに知らせるという大事な事が残っていた。

私が暫く考えていると、

「家に帰ってゆっくり考えなよ、一日二日は考える時間必要だって、大事な命の事なんだから!」

綾野は諭す様に私に言うと、私の頭を二回ポンポンと叩き、

「じゃあ、明日学校でね。」

そう言って家へ帰って行った。

綾野の後ろ姿を見つめながら、「命の問題かぁ・・。」そうつぶやいている自分がいた。
< 14 / 33 >

この作品をシェア

pagetop