メロディフラッグ
駅から時任の家まで、次郎はほんの一瞬に感じた。


ドアノブのひんやりした感触でようやく我に返った。
玄関で別れを告げ、次郎は入ってすぐのところにあるレッスン室に、汀は一番奥の庭に面した部屋にあるレッスン室に向かった。







「今日は上の空?」

演奏を終えると、いつものように穏やかな笑みをたたえた時任が次郎に尋ねた。
次郎はその言葉で、自分の演奏に気持ちがこもっていないことに気付いた。


世の中のプロは、恋をしないんだろうか?

それともその感情を押し込めて演奏できるからプロ?



「先生は、」
ペットボトルに伸ばしかけていた手をとめ、時任が次郎のほうをみた。

「先生は、例えば、すごく悲しいときや、めちゃくちゃムカついたとき、演奏会があったら、どうしますか?その気持ちも、音にのせますか?」


時任はちょっと驚いたように目を見開き、それからまた穏やかに笑って答えた。


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