ウソつきより愛をこめて
「私に一から指導してくださったのは、橘マネージャーなんですから。考え方が似るのも当然のことじゃないですか」
「そうだな。何も知らなかったお前の身体に、手とり足とり教えてやったもんな。良かったよ。ちゃんと全部忘れずに染みついてるみたいで」
わざと意味深な言い方をして私を煽ってくる彼に、軽蔑の眼差しを向ける。
「…私が話しているのは“仕事”の話ですけど」
「他に何があるんだ?」
「…い、いえ…」
逆に聞かれても、私が答えられるような話題じゃない。
にやりと口角を持ち上げた橘マネージャーの顔から身を背け、私は固く口を結びながら再びパソコンの画面に向かっていた。
「相変わらずだな」
「…なにがですか」
「そういうことだけは、可愛い反応するとこ」
「……っ!」
耳を澄まさないと聞こえないくらい小さい声でそう囁かれて、私は思わず椅子から立ち上がる。
なに、今一体、何が何が起きたの…。
逃げ足の早い橘マネージャーは既に事務所のドアから出てしまい、私が振り返った時には姿が見えなくなってしまっていた。
「あーもー、やだ…」
あの夜から、彼はずっとあの調子で私の頭を悩ませるようなことばかりしてくる。
ただでさえ二年間なにもなくて免疫の弱った私に、平気でああいう甘い言葉を仕掛けるのは反則だろう。
「…思ってもないこと、簡単に言うなっつーの」
浮かれたりしない。
橘マネージャーは結婚のためなら、偽りの愛の言葉すら何食わぬ顔で言えるだろうから。
それでも左耳だけが、熱を持ったようにいつまでも熱かった。