ring ring ring
 注文の品が来るまでの間も、わたしはメニューをめくっては感嘆の声をあげていた。そうしていると、さっきの出来事を忘れられる気がした。本当は少しも忘れられないのに、忘れられると自分に暗示をかけて、心を落ち着かせようとしているのだ。
 ドリンクが届き、乾杯をして、料理が少しずつ運ばれる。やがてすべての注文の品がテーブルにそろったところで、何も言わないわたしに痺れを切らした高林くんが切り出した。
 「で、何があったんすか」
 忘れたいと思っていても、忘れられない現実。それを打ち明ける相手として高林くんを選んだのは自分自身だ。「何がって?」ととぼけて、このまま楽しい時間を過ごしたい気持ちをぐっとおさえて、わたしは事の次第を話すことにした。
 「結論から言うとね……別れることになった」
 できるだけ大げさにならないようにさらりと言ったつもりだったけれど、ビールグラスを持ち上げかけた高林くんの動きがぴたりと止まった。
 「別れ……た……?」
 高林くんの視線が、わたしの左手に注がれている。その薬指に、返してもらったばかりの指輪はない。
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