ring ring ring
 高林くんの真っ赤な目が、ぐるりと大きく見開かれた。「えっ」と息をのんで、また固まってしまう。
 「ね、高林くんのせいじゃないでしょ」
 別れることになって悲しいとかつらいとか。そんな気持ち吹き飛んだ。高林くんのそんな顔を見せられたら。
 「マザコンって……アレですよね、その、彼女よりも母親がいちばん、みたいな」
 「そうそう。美波のなんかよりママの手料理が食いたいんだーって怒鳴られちゃった」
 乾いた笑いでそう言うと、
 「マジですか〜……」
 高林くんがおもむろにテーブルに額をごんっとぶつけた。何度もごんっごんっとぶつけながら、呪文のように、「憧れの上司ナンバーワンの岡田さんが〜岡田さんが〜」とぶつぶつ言っている。
 「気をしっかり、高林くん」
 デキるオトナとして、社内の誰もが認める岡田忠信。その実態がマザコンであることは、決して広めてはいけない。ここだけの秘密にしておくのが元カノのやさしさだろう。由紀とはるかちゃんには言うけれど。
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