ring ring ring
 無事に目当ての画家の作品を間近で鑑賞することができ、大満足で美術館を出る。あまりの人の多さに少し汗ばんでいた体を、春風がすっと撫でてくれた。
 「よかったですね」
 「ほんと、かなり見応えあったね。見たかった絵もすっごく素敵だった」
 「でもあれって、なんか、適当に塗りたくったって感じしません?」
 「はあ?」
 「で、何気なく遠くから見てみたら海っぽかったからそれっぽく仕上げた、みたいな」
 「はあ?」
 高林くんには、あの作品の美しさが伝わらなかったようだ。わたしが夢中で見ている横で首をかしげていたから、そうかなとは思っていたけれど。
 「ああいうのだったら、おれにも描けそう」
 まさかの爆弾発言。
 「いるよねー、そういうこと言っちゃう人」
 忠信さんも、どちらかというとそういうタイプの人だった。より写実的な絵画を好み、一度、あるフランス画家の展示会に行ったとき、『こんなのおれにも描ける』とうるさく言われ腹が立ち、それ以来一緒に美術館に行くのをやめた。じゃあ真っ白な紙と絵具を渡すから、ゼロから描いてみなさいよ、と大喧嘩したこともあるほどだ。それも今となっては懐かしい。
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