ring ring ring
 自分の好きな画家の絵を「適当に塗りたくった」扱いされていい気分はしないけれど、高林くんは、企画展自体はかなり楽しんでいた様子だった。
 「まあでも、高林くんは考え方が柔軟だから、これからいろんな芸術に触れれば感性も磨かれるかもしれないし、そしたら今日見た絵の見方も変わるよ」
 なんて先輩風吹かせてみたりすると、高林くんは興味津々の様子で、歩くわたしの前に回り込んだ。
 「これからもって、海野さんがいろいろ連れてってくれるんすか」
 まるで子犬のように目がキラキラしている。思えば5歳も年下の男性と休日に出掛けるなんて今までにない経験で、抗体のないわたしは、不覚にもその目にドキドキしてしまった。
 「なんでわたしが。彼女でも作って行けばいいでしょ」
 「え〜……何でそんなこと言うかなあ」
 「ねね、それよりお昼どこにしようか」
 「え〜……何でそこで終わらすかなあ」
 話をそらすわたしに、高林くんは唇を尖らせながらも、周囲を見回して食事ができる店を探してくれた。
 「あそこはどうですか。ランチあるって書いてありますよ」
 「いいね、行こう行こう」
 だってわたしみたいな会社の先輩なんかより、好きな子と一緒に行ったほうが楽しいに決まっているじゃない。
 そう言おうと思ったけれど、言葉が喉の奥に詰まったまま出て来なかった。
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