ring ring ring
 通りすがりの人が見たら、まず飛び込みでは入ろうと思わないであろう店構えの居酒屋。改装しないのは、先代から受け継いだ店を変えたくないという大将の思いなのだろうか。でも勇気を出して足を踏み入れてみると、そこには誰をも満足させる大将自慢の料理が待っている。忠信さんは、会社の目の前にあるその店がお気に入りで、わたしも何度も来たことがあった。
 「いらっしゃい!」
 大将の威勢のいい出迎えを受けて、わたしたち3人は座敷席に腰を下ろした。
 「おれ、ここ入るの初めてです。うまいって聞いてたけど、なんか躊躇しちゃって」
 高林くんがそう言うのも、よくわかる。
 「わたしも忠信さんに連れて来てもらわなかったら、一生入ってないと思う」
 「でもほんとにうまいから。なんていうかさ、こう、きっちり仕込みました!みたいなね」
 忠信さんの言葉に、わたしは頷いた。素材からこだわった高級料理もいいけれど、庶民の味を丁寧に仕上げて、なおかつリーズナブルに提供するこの店のスタイルが好きだ。
 注文は、あれこれうるさい忠信さんに任せることにした。でもわたしの好物の鶏天を頼んでくれて、少しうれしかった。
 「それで、話って何かな」
 忠信さんは、マザコン発覚以来の顔合わせに、やっぱり気まずいと思ったのか、軽い雑談を挟むこともなくぶっきらぼうに本題に入った。
 「あー……うちの部署の本村はるかちゃんのこと、なんだけど……」
 きっと察していたのだろう、忠信さんは軽く「ああ」と呟いて、さっそく運ばれてきたビールのグラスに、乾杯もせずに口をつけた。
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