ring ring ring
 「本村さんがいい子だってのは、きみがいつも話してたからわかってるつもりだよ。でも知ってるだろ、今のおれには恋愛をする資格なんてないんだよ」
 いつになく弱腰だった。資格がないというのは、おそらく自分はマザコンなのだからという意味なのだろう。忠信さんは、隣に高林くんがいるのにもかかわらず肩を落としている。
 「はるかちゃんは、それを承知の上で、っていうかむしろ、それがいいって言ってるよ」
 「えっ」
 目を丸くした忠信さんの顔には、そんなバカな、とはっきり書いてあった。そして、その視線が隣の高林くんに向けられ、彼が無言で頷いたとき、その文字はよりいっそう色を濃くした。今だ、とわたしは思った。
 「忠信さん、恋愛に資格なんてないよ。いつでも誰にでも、無限の可能性があるものでしょ。でもその扉は自分で開かなければ誰も開いてくれないよ」
 わたしたちは、その無限の可能性を信じて歩いていた。でも、忠信さんの秘密をわたしが知ってしまったことで関係が破たんし、忠信さんは扉をかたく閉ざそうとしている。
 「わたしは忠信さんに幸せになってほしい。わたしがこんなこと言えた義理じゃないかもしれないけど、でもはるかちゃんなら全部受け止めてくれるよ。怖がらずに進んでみてほしいの」
 忠信さんは、手元のビールグラスをじっと見つめながら聞いていた。その表情を見る限り、わたしの言葉は、あまり前向きに届いていないようだった。
 「美波は、もし逆だったらどうする?おれの身近な……そうだな、たとえば高林が、きみに言い寄ってきたら」
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