ring ring ring
薬指の一歩
 「ねえ、ほんとやめて!」
 「そんな強くしてないですよ」
 「強さの問題じゃないの!」
 「ほらほら、今度はあっちですよー」
 「ちょっとー!」
 とある土曜日の午後、ランチを済ませたわたしと高林くんは、レジャー施設でスカッシュの対戦をしていた。対戦といってもルールなんてないも同然で、返せなかったほうの負け。高林くんは元来、相手が女性であることを考慮するという親切心を持ち合わせていないので、わたしはさっきからずっと右へ左へとダッシュしては空振りを繰り返していた。
 「……マジコロス」
 言うまでもなく勝負は高林くんのガッツポーズで終わった。呼吸がぜいぜいして苦しい。年上の女性をこんなにいたぶって手に入れた勝利の味って、おいしいのだろうか。
 「物騒なこと言わないでくださいよ。勝負に老若男女は関係ないですからね」
 やたら誇らしげに言うけれど、老若男女は関係あるんじゃないかとわたしは思う。でもそう反発する気力もなくなったわたしは、高林くんが差し出してくれたタオルで汗を拭い、うなだれるしかない。
 「ああ、いい運動になった。ね、海野さん。汗かくって気持ちいいすね!」
 高林くんがわたしに比べてこんなに元気なのは、決して若いからというだけではない。彼はわたしが返すボールをほとんど真正面で受けていて、わたしのようにコートの端から端まで全力で走っていないから、体力の消耗が少ないだけだ。いい運動になったなんて言うけれど、もっと走ったほうがよかったんじゃないの?なんて、また口には出せない憎まれ口を思ってみたりして。
< 139 / 161 >

この作品をシェア

pagetop