ring ring ring
 得意料理は、ない。
 でも、苦手な料理もない。
 とはいえ、レシピ本と電子レンジがあれば、たいていのものは作れてしまうし、そうでなくても「○○の素」的な便利なアイテムがスーパーにところ狭しと並ぶ今日において、本来の手料理とはなんぞや、と考えると、わたしは何ひとつ作れないのかもしれない。
 「どうしたの、急に」
 「急じゃないわ、前から考えてたの。結婚前に、ちゃんとお互いの味を知っておかなくちゃって」
 水曜日の定時後、忠信さんが住むマンションに近いスーパーで、わたしは夕食の材料を手に入れようと、カートを押した。その後ろを、忠信さんが、
 「そんなの、べつに慌てなくたっていいじゃない」
 ぶつくさ言いながら、歩いていた。
< 19 / 161 >

この作品をシェア

pagetop