ring ring ring
 「何を考えてるの」
 やさしく低い声に顔をあげると、彼が微笑んでいた。
 「ううん、べつに。この間の社員親睦会、おかしかったなあって思い出していたの」
 街も人も浮き足立つ、クリスマスが近い夜だった。
 結婚に縁がないとはいえ、わたしにもそれなりに交際している異性が存在するわけで、今夜もわたしは彼とデートを楽しんでいる。
 「高林たちの出し物だろ?あれは笑った」
 「声を張りすぎて、次の日みんなで声枯らしてたものね」
 付き合い始めて2年。わたしは30歳、相手の男性は34歳で、岡田忠信という、同じ会社で働く企画部のチームリーダーだった。お互いに仕事もプライベートも充実していて大きな喧嘩もなく、順調な交際。彼がこれまでに一度も「結婚」の言葉を口にしないこと以外に、不満はない。
 今夜は、庭園が美しい洋館のカフェの窓際の席で向かい合い、食後の紅茶を楽しんでいる。ふだんは仕事帰りの飲み屋デートが定番になっていたから、こんなオシャレな店に来るのはいつ以来かと考えてしまうほど久しぶりだった。
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