ring ring ring
 そこまで徹底されると、わたしにも意地が芽生えてきて、
 「そうね、じゃあ今夜は魚にしようか」
 さっさと切り身が並ぶコーナーへカートを押すと、彼が慌てて追いかけて来た。
 「違うよ、刺身が食いたい。今、さっぱりしたものが食べたいんだ」
 「それなら塩焼きのほうがいいわよ。刺身ってお醤油使うから、案外食べたあとのさっぱり感がないのよね、喉渇くし」
 ぶりがおいしそうだけど、さっぱりというリクエストなら鯛のほうがよさそうかな、なんて考えながら選び始めても、忠信さんは何も口出ししなくなった。怒っているのだ。
 「ね、鯛の塩焼き、いいでしょ」
 わざと気付かないふりをして明るく話しかけても、反応は返ってこなかった。
 忠信さんは、いつもそう。普段はやさしくて頼りになるのに、気に入らないことがあると黙ってしまう。だからといってここでわたしが折れて、刺身を買い物カゴに入れるわけにはいかないのだ。忠信さんは、一度こうなると、いくらこちらが働きかけても無駄で、機嫌をなおすには時間が解決してくれるまで放っておくしかないのだけれど、せっかくの初めての手料理くらい、いい気分で味わってほしかった。
 「そんなに怒らないで。嫌がらせでこんなことしてるんじゃないんだもの、夫婦になるんだから、わたしが作った料理を食べることくらい、当たり前でしょう」
 「怒ってないよ」
 「じゃあ、食べてくれる?」
 忠信さんは、少し不満げではあったけれど、頷いてくれた。
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