ring ring ring
 おかしい。
 いつも仲が良くて、休み明けの昼休みには、土曜日にどこへ行っただの、日曜日に彼が食事を作ってくれてうれしかっただのといった、のろけ話のオンパレードで、社内でも理想の夫婦と言われているほどの古田さんと由紀なのに、たかが飲みの席に呼ぼうと言っただけであんなに取り乱すなんて。
 「由紀、待って!」
 由紀は思いのほか足が速くて、追いつくのに苦労した。わたしの声に気付いて立ち止まった由紀の前で、わたしは息を切らしていた。
 「美波、どうして来ちゃったの。ほんとに大丈夫なのに」
 「大丈夫なわけないでしょ!あんな由紀、はじめて見たよ」
 「ごめん……」
 「何があったの?」
 いつも勝気な由紀が、珍しくしおらしくうな垂れるのを見て、わたしはますます心配になった。
 「とりあえず寒いから、どこか入ろう」
 近くのカフェに運よく空席を見つけ、わたしたちはホットコーヒーを前にひと息ついた。
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