ring ring ring
薬指の危機
 4月に入ると、気候が一気に春めいた。3月終わりに見ごろを迎えた桜が散り始めると同時に、真新しいスーツに身を包んだ新入社員が緊張の面持ちで新生活をスタートさせる。今年度はわたしの部署に新入社員の配属がなかったため、直接影響はないものの、日々その準備に追われていた忠信さんの業務がひと段落ついて、今日は久しぶりに仕事帰りに会えることになった。
 「おれもチームリーダーになる前は新人教育してたけど、教育準備から任される立場になって、こんなに大変だとは思わなかったよ」
 「ずーっと深夜まで残業で、全っ然会えなかったもんね」
 行きつけの居酒屋で向かい合い、生ビールで乾杯する。忠信さんは、豪快にグラス半分を一気に飲んだ。
 「美波には悪かったけど、教育は下のやつらがやってくれることになったから、俺の役目はとりあえず終わったし、これからは通常通りになるよ」
 「そっか。お疲れさまでした」
 わたしは企画部に配属されたことがないので、同じ会社にいるというのに、忠信さんがどんな仕事をしているのか、ほとんど知らない。でも、まとまった仕事がひと段落したときの忠信さんは本当にいい顔をするから、恵まれた環境で働けているのだろう。今回の仕事は企画部の未来を担う新人教育のためのプラン作りだと聞いた。彼が提案したプランによって、新しいアイデアが次々と飛び出す、活気ある人材が育てばいいと心から思う。
 「ところで、さ」
 まだ枝豆しか来ていない段階で、すでに1杯めのビールを飲み干してしまった忠信さんが、言い出しにくそうに切り出した。
 「指輪、どうした」
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