ring ring ring
 会社に忘れて帰った?こんなときに?今日のわたしの指に指輪がはまっているかどうかで、わたしの未来が決まるという、こんな大事なときに?
 「終わった……」
 わたしはこのまま回れ右して帰りたい気持ちでいっぱいになった。帰って、家じゅうのカーテンを閉めて、布団にもぐり込んで、枕に顔を埋めて叫びたい。でも、心の片隅に微かに残る理性が、社会人としての責任を全うすべく、わたしの足をエレベーターへと向かわせた。
 「あの、ほんとすいません、何でした?」
 「……ケータイ忘レテ帰ッタ人ニ用ハアリマセン」
 「え、ちょ、めっちゃ棒読みですけど」
 状況をつかめない高林くんが、目を白黒させる。
 あなたが電話に出なかったせいでわたしの未来が閉ざされたことを、あとで留守電を聞いて知ればいい。わたしは、心の中でそう呟いた。
 絶望の淵をよろめきながら歩き、地獄の門のような扉を開けると、そこはデスクとパソコンが整然とならぶ、日常のオフィスの光景だった。
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