ring ring ring
 レストラン前、まだ高林くんの姿がなかった。会社からの距離を考えると、もう少しかかるだろうと踏んだわたしは、先に中に入って彼の到着を待った。すると、まだお冷も届かないうちに高林くんがやって来て、息を切らせてわたしの向かいに座った。走って来たらしい。
 「そんなに急がなくてもよかったのに」
 「いや、あんま待たせちゃ悪いかなって」
 高林くんは、走って暑くなったのか、背広を脱いで椅子の背もたれに掛けた。
 肩を上下させて、ほんのり顔を赤くさせ、目の前にお冷が置かれた途端に一気に飲み干す高林くんは、体育の時間の中学生みたいでおもしろかった。ここはハンバーグが有名な店だと教えてあげると、迷わずハンバーグを注文するところも、かわいい。
 「海野さんも、ハンバーグでいいっすか」
 「うん」
 オーダーが済むと、高林くんはようやく落ち着きを見せた。店内をぐるりと見回し、
 「おれいつも居酒屋ばっかだから、こんなちゃんとしたレストランに親以外の人と来るの初めてかも。ちょっとレトロな雰囲気で、いいっすね」
 興味深げに言った。木目調の家具と主張しすぎない照明でシックにまとめられた内装は、たしかにモダンな中にもレトロな印象を与える。
 「わたしは由紀とよく来るの」
 「へえ、意外ですね。由紀さんこそ居酒屋のイメージだけど」
 由紀の酒好きは、わりと幅広く知られているようだ。
 「わたしがいつも無理やり付き合わせるから」
 とはいえ、由紀もこの店で食べるハンバーグとワインがお気に入りで、彼女のほうから誘ってくることもあるほどだ。
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