ring ring ring
 忠信さんをわたしの好きなレストランに連れて来ても、何かしら上から目線で料理や内装を批評されるのがイヤで、近頃はいつもデート時の店選びは彼に任せきりにしている。だからこんなふうに、後輩とはいえ、男性と好きな店で好きな料理を食べて、おいしいねと笑い合うのは久しぶりのことだ。わたしは、うれしそうにナイフとフォークを動かし続ける高林くんを見ているだけで楽しかった。
 と、そのとき、そうこうしているうちに忘れかけていた大事な用件を、ふいに忠信さんの顔が浮かんだことで思い出した。このまま楽しく話していたら忘れたまま解散してしまうところだった。
 「さっき言いかけたんだけど、続けていい?高林くんが預かってくれてる指輪のことなんだけど」
 「あ、すいません、ワインもう一杯お願いしまーす」
 まただ。さっきもわたしがこの話題を持ち出したら言葉を被せて、話をそらされた。偶然かもしれないけれど、もしかして故意なのでは。
 「高林くん」
 「やっぱ肉にはワインですよね。20歳そこそこのときはワインのうまさがわかんなかったもんだけど、おれもオトナになったなー」
 「指輪のことなんだけど」
 「あ!そういえば由紀さんに、最近古田さんにネックレスもらったって自慢されちゃいましたよ。何かのお詫びに買ってくれたとか言ってたけど、何かあったんですかね。見ました?」
 「見た見た、キレイなネックレスだったね……って、違うの、そういう話じゃなくて」
 「お待たせしました、赤ワインでーす」
 タイミング悪く、さっきのかわいいアルバイトの女の子がワイングラスを持って来る。高林くんは待ってましたとばかりにグラスを手に取り、意味もなくわたしのグラスに「かんぱーい」と合わせた。
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