ring ring ring
 なかなか本題に入れずに時間ばかりが経過し、これでは何のために駅から引き返して食事の時間を取ったのかわからないまま解散になりかねない。わたしはこれ以上高林くんが酔ってしまう前に、何としてでも話をつけなければと、強い口調で切り出した。
 「指輪、返してほしいの。明日絶対に持って来てね」
 口をはさむ隙がないくらい早口で言うと、高林くんはようやくはぐらかすのを諦めた様子で、ワイングラスをテーブルに置いた。
 「おれ、必要になったときに返しますって言いましたよね」
 「今がそのときなの」
 「それって、おれが思ってる『必要』っていうのじゃない気がします」
 「え?」
 わたしには、高林くんの言うことがわからなかった。高林くんが思う『必要』と、わたしが思う『必要』が違うって、どういう意味だろう。
 返事に困っているわたしに、高林くんは続けた。
 「海野さんは、指輪がないことが岡田さんにバレて、怒られたからまずいって思ったんですよね」
 わたしは、無言で頷く。
 「それはつまり、岡田さんと共に生きていく決心を固めたから、それを形にした婚約指輪という存在が恋しくなったってわけではないんですよね」
 また、頷く。
 「おれが求めてるのは、後者ですよ」
 後者ということは、指輪をはめたいという気持ちになったかということだろうか。わたしは自分の左手をじっと見つめ、考えた。
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