ring ring ring
 「……何笑ってんのよ」
 「だって海野さん、めっちゃマジなんですもん」
 「はあ?」
 マジに決まっている。明日こそは絶対に、何が何でも返してもらわなければ、わたしの結婚への未来は閉ざされてしまうのだから。恥を忍んで頭を下げたのに、高林くんはからかうように続けた。
「事情はどうあれ、そんなに返してほしいなら返しますよ。でも、会社には持って行けません」
「ええっ、何でよ!」
 思わず大きな声を出してしまった。幸いにも混み合っていない店内で、視線が合ったのはアルバイトの女の子だけで、わたしは目を丸くする彼女に軽く会釈した。会社には持って来られないなんて、どうしてそんないじわるなことを言うのか知らないけれど、それは困る。わたしは改めて高林くんに向き直り、小さく咳払いをひとつして、
 「でも明日の朝にははめておかなくちゃいけないの。週末とか呑気なこと言ってられないのよ」
 声をひそめて詰め寄ると、高林くんも内緒話のトーンで言った。
 「じゃあ、今から取りに来てください」
 それは、いたずらっ子というより、獲物を射程内に捉えたときの獣のような目だった。
< 80 / 161 >

この作品をシェア

pagetop