ring ring ring
 オーナーが大きな声で厨房に注文を伝える中、
 「辛めにしてほしいなんて、珍しいね」
 忠信さんが、さぐるような目でわたしを見た。
 「最近あまり食欲がなくて、そのくらい刺激を与えたほうが食べやすいかなって思ったの」
 「食欲がないって、どうして」
 「んー……胃が気持ち悪いとかじゃなくて、なんか、のどを通らないっていうか。でもすぐ良くなるから」
 原因はもちろん忠信さんとの一件。でも今日を境に関係が戻れば、自ずと食欲も戻るはずだ。
 「……おれがストレス与えてるのかな」
 「違う、そんな言い方しないで。わたしが自分勝手なことしたんだもの。だからほら、見て。もう絶対はずさない」
 つらそうな表情の忠信さんに、指輪がはめられた手を広げて見せた。けれど忠信さんは、その指輪を悲しそうに見て、
 「その話は帰ってからにしよう」
 生ビールのジョッキを口に運んだ。
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