ring ring ring
 食事の間中、忠信さんは他愛もない話をするばかりで、わたしたちの間に、指輪のことはもちろん、結婚に関する話題は何もあがらなかった。さらに気になったのは、忠信さんが終始悲しげに見えたことだ。
 どうしてそんな顔をするの。ちゃんと指輪をはめて来たのに。きっと安心してくれると思ったのに。一時的な感情にまかせて指輪を他人に預けてしまったことを、本当に後悔しているし、反省している。だから、機嫌をなおしてほしい。以前のようにやさしく笑ってほしい。
 わたしは、箸を動かし、忠信さんのまるで中身のない話題に相槌を打ちながら、ずっとそんなことを考えていた。心中は時間の経過とともにどんどん穏やかでなくなり、麻婆飯がいつもよりも辛いかどうかなんて気にする余裕もなかった。
 「ごちそうさまでした」
 心ここにあらずな状態のまま、いつの間にか料理をたいらげていた。空腹は満たされたけれど、胸に空いた穴は大きくなるばかりだ。
 会計を済ませ、店を出る。そこからマンションへは徒歩数分の距離で、わたしたちは肩を並べて歩いた。ひと言も言葉を交わさずに。
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