ring ring ring
 気まずいこと、この上ない。店内では他人の目を気にしてふるまっていたらしい忠信さんは、店を出た途端に黙り込んでしまい、全身から漂う空気は歩くごとに重さを増した。マンションの彼の部屋に入ったときには、その負のオーラに圧迫されて窒息しそうなほどだった。
 「あー……やっぱり中華はおいしいねー……」
 しらじらしく言ってみても、反応は返ってこない。忠信さんは、無言で冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、無言でソファに座り、無言でテレビの電源を入れた。
 「わたしも、水もらっていい?」
 返事はないものと考え、勝手に冷蔵庫を開けた。中には3本のペットボトルが入れられていた。1本を取り出してふと下を見ると、箱買いしたと思われるそのミネラルウォーターが箱のまま置かれていたから、そこから1本取って、冷蔵庫へ入れておいた。冷蔵庫と壁の隙間には、折りたたまれた段ボールが挟まっている。宅配が届くと言っていたから、それだろうか。
 水を手にしたわたしは、じっとテレビを見ている忠信さんの隣に座った。その横顔は、笑い声の絶えないバラエティ番組には不似合いな、しかめ面だった。
 だんまりを決め込まれては、こちらとしても打つ手がない。大人げない態度に憤りを感じるけれど、ここで文句など言えた立場ではないのは承知の上。様子を見るしかなさそうだった。
 それから数分。大しておもしろくもないバラエティ番組も後半に差し掛かろうというときだった。
 「別れよう」
 忠信さんが、呟いた。
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