偽装結婚の行方
尚美さんのご両親を玄関で見送った後、俺は尚美さんと赤ん坊を2階の自分の部屋に案内した。


「ごめん、散らかってて……」

「ううん」


部屋に入るとすぐにエアコンのスイッチを入れ、出しっ放しの衣類や雑誌なんかを素早く片付けた。しかし尚美さんに座ってもらうようなソファやイスは無く、仕方ないのでベッドの布団をキチンと平らに伸ばした。


「ここに座ってくれる?」

「いいの?」

「うん。イスとか無いから」

「じゃあ……」


尚美さんが赤ん坊を胸の前に抱きながら、ちょこんとベッドに腰掛けると、俺もその横に並んで腰掛けた。その時、彼女(と赤ん坊)から、ミルクみたいな甘い感じの匂いがした。


「中山さん。こんな事になっちゃって、ごめんなさい!」


俺が座ると、尚美さんは真っ先にそう言って俺に頭を下げたのだが、俺はその言葉のどこかに違和感を覚えた。それはどこかと言うと……


「“涼”でいいよ」

「え?」

「さっきまで“涼”って呼ばれてたのに、今更“中山さん”って呼ばれてもピンと来ないから」

「でも……」

「いいから。その代わり俺も“尚美さん”って呼ばせてもらうし」

「“尚美”でいいです」

「え?」

「“さん”はいらないです」

「あ、ああ。わかった、そうするよ」


尚美さん、いや尚美はニコッと微笑み、俺も自然と頬が緩んだ。赤ん坊も母親につられたのかニコニコしている。

二人があまりに可愛いからか、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。

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