偽装結婚の行方
「それはそうと、河内さんはおまえに何の用だったんだよ?」

「ん? それはだなあ、まあなんつーか、相談?」

「なんだ、それは? 口も利いた事ないような男に何の相談なんだ?」


確かに。こいつ、鋭いな。


「ん……」


ダメだ。うまくごまかせそうもない。嘘は苦手だしなあ。


「阿部、悪いけど俺、職場に戻らないといけないや。仕事があるのを忘れてた」

「あ、そう」

「続きはまた今度って事で、今日は俺の奢りでいいからさ」

「いいのか?」

「ああ。じゃあな?」


まだ食い終わってなかったが、俺は伝票を掴んで立ち上がり、さっさとレジを済まして店を出た。仕事があるというのはもちろん嘘だ。苦手と言ってもそれくらいの嘘はつける。


会社に戻りながら、俺はこれからどうすべきか、なんて事を考えた。総務部長の渡辺って奴に会い、真意を確認すべきかもしれない。つまり、離婚して尚美と再婚する気があるのかないのかを……



と思いながらもなかなか実際の行動に移せず、瞬く間に次の週末を迎えてしまった。もちろん、偽装結婚を取り止める、といった連絡は、尚美からはなかった。

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