偽装結婚の行方
細々とした買い物が一通り終わり、尚美は希ちゃんを乗せたカートを押して手芸屋に行き、俺は本屋に行った。


何か手軽に読めるミステリーはないかなと本棚を眺めていたら、不意に横から声を掛けられた。


「もしかして、中山か?」


ビックリして声がした方を見たら、なんと会社の同僚の阿部だった。


「おお、阿部かあ。奇遇だな?」

「奇遇も何も、なんでおまえ、こんな所にいるんだよ?」

「なんでって、おまえこそ……」

「俺か? 俺は地元だからな。ここにはよく来るさ。でもおまえの家はこっちじゃねえだろ? それなのに、なんでいるんだよ?」

「え? それはだな、知り合いがこっちにいるっていうか……」


阿部の家がこっちとは知らなかった。阿部に引っ越した事は言ってないし、もちろん尚美との事も話していない。尚美の相手が総務部長の渡辺って男の可能性が高くなっただけに、ますます尚美の事は阿部に隠しておいた方がいいと思った。


「知り合いって?」

「それはまあ、ちょっとした知り合いさ。あ、時間がないんで、悪いけど行くわ。じゃあな?」


阿部と尚美が鉢合わせでもしたらまずいから、俺はさっさとその場を立ち去ろうとしたのだが……


「涼、お待たせ!」


あちゃー。尚美が来てしまった。

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