偽装結婚の行方
姉貴が言った“向こう”というのは、たぶんリビングだと思うから、俺はコートを脱ぎながらそっちへ行った。するとリビングのドアは開いていて、手前に座っていたお袋さんが俺に気付いて立ち上がったのだが、気のせいか俺を見る目がきつい気がした。

恐る恐るという感じで中に行けば、お袋さんの横に親父さんがいて、その向かいには3人の客人が座っていた。そして、みなの視線は一斉に俺に向けられたのだが、そのどれもが決して好意的とは思えず、俺は足がすくむ思いがした。

お袋さんは俺に近付くと、俺の手からコートを引っ手繰るように取りあげ、口パクで「バカ!」と言った。

えっ? なんで?

と心の中で返していたら、


「こちらは河内さんだ。挨拶しなさい」


と、親父さんからいつになく低い声で言われた。電話での印象通り、親父さんはかなり不機嫌であり、俺に対して怒っているように見える。

それはさておき、親父さんは確かに今“河内さん”と言った。という事は、やはり俺が想像した通り、河内尚美さんは家に来たという事か。しかも、身内らしき人達と共に……


「はじめまして。中山涼です」


そう言って客の3人に頭を下げると、彼らもコクっと頷き返してくれたものの、両サイドに座る中年の男性と女性は厳しい顔付きで俺を睨み、二人に挟まれるように座っている若い女性(たぶんこの人が河内尚美さんなのだろう)は、なぜか申し訳なさそうな顔で俺を見上げていた。その顔は、見覚えがあるような気もするしないような気もするが、阿部が言ってた通りで、確かに可愛い顔をしているなと思った。


「座りなさい」

「あ、はい」


親父さんに言われてソファにゆっくり腰を下ろしながら、その時に俺は初めて気が付いた。河内尚美さんらしき女性の腕に、小さな赤ん坊が抱かれている事に……

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