偽装結婚の行方
アパートに着いた。

当然ながら尚美はいないから、俺は滅多に使う事のない部屋の鍵を財布から取り出し、それでドアの鍵を開けた。後ろで真琴が不思議そうにする気配を感じながら……


「さあ、入って」

「居ないの?」

「尚美達か?」

「うん……」

「急に用事が出来て実家に帰ってる」

「なんだあ……」


さもがっかり、といった様子の真琴を、俺はそ知らぬ顔で中に招き入れた。真琴を騙してるようで、実際にそうなんだが、後ろめたさもあったが、真琴は“家に行きたい”と言ったのであって、尚美に会いたいとは一言も言ってない。だから俺は悪くない。なんて、心の中で言い訳をしたり……


「狭いのね」


真琴は中に入るなり、そんな憎まれ口を言った。


「そうだけど、おまえの所よりは多少広いぜ?」


そう返すと、真琴は“ふん”って感じで顔を背けた。不機嫌さ全開だ。


「コーヒー淹れるから、その辺に座ってくれ」


6畳間のローテーブルの辺りを顎で指して言ったのだが、真琴は立ったまま辺りをキョロキョロ見渡していた。


「なんか臭うわね。赤ちゃん臭いっていうのかなあ」

「実際に赤ちゃんがいるからな。俺は慣れてるから気づかないが」

「あんたの部屋ってあるの?」

「あるよ。そっちに」

「ふーん」


と言い、真琴は部屋の仕切りの襖を無遠慮に開けた。


「狭っ」

「余計なお世話」


俺は真琴の後ろから手を伸ばし、すぐに襖をピシャっと閉めた。真琴に皮肉を言われるのは癪に障るのと、ベッドをしげしげと見られたくなかったからだ。そこに在るかも知れない俺と尚美が一緒に寝てる痕跡を、真琴に見つけられると面倒だから。

< 75 / 122 >

この作品をシェア

pagetop