偽装結婚の行方
「とにかく、その相手らしき人に聞いてみてよ。尚美って子の話が本当かどうかを……」

「あー、そうだな。わかった」

「なんならあたしも一緒に行こうか?」

「そ、それはいい。俺一人で大丈夫だから」

「そう? 本当に聞いてよ?」

「わかったって……」


うるさいから真琴にはそう言ったものの、俺はその男、つまり渡辺という総務部長に聞く気は全くなかった。というか、会いたくないし顔も見たくない。


阿部の話で尚美の相手はそいつだろうと思った時、どんな奴か見てみたいとその時は思った。だが、それはやめた。尚美がそいつを好きで、当然ながら二人は希ちゃんが出来るような事をした訳で、それを考えたらどうにも悔しく、男の顔なんか見たくないと思ったんだ。出来る事なら、その存在自体を忘れたいぐらいだ。いわゆる“嫉妬”ってやつだろう。


「あたし、帰る」

「もう帰るのか?」

「うん。だって、やる事ないんだもん」

「だよな。じゃあ、駅まで送ってくよ」


改めて気づいたが、俺と真琴の関係はすっかりギクシャクしたものになってしまった。前は互いに何でも言い合い、会話がなくても空気みたいな存在で、居れば落ち着く、みたいな関係だったのにな。

今、俺の頭の中は尚美の事でいっぱいで、前ならそれを真琴に全部話したはずだが、今は全く言えない。尚美の話をすると真琴は不機嫌になるからだ。なんでかは知らないが……


「真琴、こっちだ」


アパートを出て、路地を歩き掛けた真琴を俺は呼び止めた。


「え?」

「車で送ってくよ」

「車? 買ったの?」

「ああ。これさ。小さいけど、新車だぜ」

「ふーん」


真琴は助手席のドアを開け、乗り込みかけてとまった。視線を後部座席に向けて。


「ソレは何?」

「ん? チャイルドシート」

「何、それ?」

「赤ん坊用のシートさ。子どもをそれに座らせないと罰金取られるんだ」

「ふーん。ずいぶん所帯じみてんのね」

「仕方ねえだろ?」


真琴を駅で降ろしたら、その足で尚美達を迎えに行くつもりだ。ああ、早く尚美達に会いてえなあ。


真琴は駅で車を降りるまでずっと無言だったが、俺は特に気にしなかった。まして、真琴がその時何を考えてたかなんて、知る由もなかった。

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