偽装結婚の行方
コーヒーが運ばれて来ると、渡辺部長はブラックのまま一口すすり、ふーっと息を吐いた。その表情はひどく落ち着いていて、さっきまでの動揺は見られない。内心は一刻も早く事実を確かめたい俺なのだが、俺だけ焦ってると思われるのも癪だから、俺もコーヒーを一口すすった。砂糖とミルクをたっぷり入れて。


「で、話とは何かな? まさか、私を脅そうって言うんじゃ……」

「まさか。そんな事はしません。俺はただ、本当の事を知りたいだけです」

「本当の事?」

「はい。俺は尚美から言われたんです。あなたは……奥さんと離婚するって」

「ほおー。君と尚美はどんな関係なのかな?」

「ど、どんなって、それは……」


思わず俺は動揺してしまった。相手からそう聞かれるとは予想してなかったから。もし尚美が言った事が本当で、尚美とこの渡辺部長が結婚するとしたら、俺と尚美がただならぬ関係だという事は絶対に知られてはいけない。尚美の結婚がダメになるかもしれないし、そうでなくても尚美が窮地に立たされる事になるからだ。


「と、友達です。昔からの……」

「友達ね……。その割には、君の名前を聞いた事がないがね。あの子からは」

「そ、それは、たぶんあなたが誤解すると思って言わなかっただけだと思います」

「なるほど」


ああ、くそっ。これじゃ立場が逆じゃんか!


「そんな事より答えてください。あなたは尚美に、奥さんと離婚するって言ったんですか? 言ってないんですか?」


俺はそう詰め寄り、渡辺部長の目をしっかりと見据えた。そして、固唾を飲んで渡辺部長の答えを待っていたら……


「言ったよ」


渡辺部長は、事もなげにそう答えた。はっきりと。

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