偽装結婚の行方
まるで頭をガツンと殴られたような気がした。目の前が真っ白になり、スーッと顔から血の気が失せていくのが自分でもわかった。

俺は、尚美の話が嘘だと思いたかった。真琴から嫌味を言われ、俺との生活を終わらせるためについた嘘だと思いたかった。というか、その事に一縷の望みを繋いでいたのだ。

だが、その望みは敢えなく断たれてしまった。もう、俺は尚美を諦めなければいけない。ああ、くそ。涙が出そうだ……


「顔色が良くないようだが、大丈夫かね?」

「だ、大丈夫です。じゃあ、俺はこれで……」


もう渡辺部長から聞きたい事はなく、本当に涙が出そうだから、俺は早々にこの場を立ち去ろうとした。ところが、


「まだいいじゃないか。私の話も聞いてもらいたい」


と言われ、俺は素直に浮かせかけた腰を再び下ろした。渡辺部長の話など聞きたくはないのだが、それを言ったらあまりに無礼だし、今歩くと足元がふら付いちまいそうだから。


「昨日の昼、いきなり尚美が面会に来てね」


なるほど、尚美に話したのは昨日だったのか。俺は渡辺部長の、ドット柄のネクタイ辺りをボーっと見ながら話を聞いていた。


「外で昼食を摂りながら話したんだが、久々に見た尚美は、前にも増して可愛くなってたなあ。そして希……。すっかり大きくなって、とても可愛かった」


そんな事は百も承知さ。この人はいったい何が言いたいんだ? のろけか?

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