偽装結婚の行方
「私はね、ずっと逃げていたんだよ。尚美が希を身篭り、会社を辞めてからずっと、あの子を避けていた。勇気がなかったんだ。今の生活や地位を、全てリセットするのが怖かった。卑怯だって事は重々解っていたが、どうしようもなかったんだ。君には解ってもらえないかもしれないが……」
「いいえ、解らなくもないです」
「そうか、ありがとう。しかし昨日尚美と希に会って、ようやく決心が着いたんだ。リセットして、この子達と人生をやり直そう、ってね。だから言ったんだ。“待たせてすまなかったが、やっと妻と離婚する決心が着いたよ”とね」
『へえー、それは良かったですね』と、俺は心の中でうそぶいた。
「だが……遅かった」
遅かったのかあ……って、えっ、どういう事?
視線を上げて渡辺部長の顔を見たら、部長は悲しそうな目で俺を見ていた。俺は、てっきり部長は上機嫌で、薄ら笑いを浮かべながら話していると思っていた。そんな顔を見たくないから、俺は視線を下げていたのだ。
「尚美は君に何て言ったんだ?」
「え? それはその……“今までありがとございます。あの人、奥さんとの離婚が決まったそうです”だったと思います」
「それだけかい?」
「はい」
「そうか。あの子らしいな」
そう言って、渡辺部長は寂しそうに笑った。
「いいえ、解らなくもないです」
「そうか、ありがとう。しかし昨日尚美と希に会って、ようやく決心が着いたんだ。リセットして、この子達と人生をやり直そう、ってね。だから言ったんだ。“待たせてすまなかったが、やっと妻と離婚する決心が着いたよ”とね」
『へえー、それは良かったですね』と、俺は心の中でうそぶいた。
「だが……遅かった」
遅かったのかあ……って、えっ、どういう事?
視線を上げて渡辺部長の顔を見たら、部長は悲しそうな目で俺を見ていた。俺は、てっきり部長は上機嫌で、薄ら笑いを浮かべながら話していると思っていた。そんな顔を見たくないから、俺は視線を下げていたのだ。
「尚美は君に何て言ったんだ?」
「え? それはその……“今までありがとございます。あの人、奥さんとの離婚が決まったそうです”だったと思います」
「それだけかい?」
「はい」
「そうか。あの子らしいな」
そう言って、渡辺部長は寂しそうに笑った。