R-Blood/Another night


「…参ったな…引き返そうかな。」

辺りは既に暗くなり、肌寒さが不安感を煽る。

朝早く出たのに、着くまでに半日かかった。
さらに、電車の事故でだいぶ遅くなってしまった。電車を乗り継ぎ、漸くたどり着いたのが蓮条市。

別名「蓮条京」と呼ばれる吸血鬼特区である。
京都のような碁盤の面のような街並みに、近代的な建物が混在している。

ここに入居できるのは選別された人間と、吸血鬼のみだという。城塞のような壁に囲まれており、セキュリティが半端ない。

蓮条市の入口は1つしかない。ぶっちゃけアポもとっていないのにいけば確実に締め出されるだろう。

ここは民宿かビジネスホテルを探して、明日出直すか。

私はそう判断すると来た道を引き返した。


そもそも、何故私が蓮条市に来たかというと、両親の頼みであったからだ。

両親はあれから何度も蓮条寺学園に赴いたが、春香とは会えず仕舞いであった。

ただ、会えない代わりに差し入れだけは許されていて、母はせっせと妹が好きな稲荷寿司を作ったり、衣類などを届けていた。しかし、心労がたたり、寝込んでしまったので私がかわりに届けに来たのだ。

具合が悪いなら、郵送すればすればいいのに…春香の様子がわかるかもしれないと、一塁の希望に縋る母が見ていられず、私が代わりに届けて、様子を聞いてくることにした。

交通費は充分貰ったし、今日の差し入れは食べ物ではないしビジネスホテルに一泊して、出直そう。

私は母に、電車の遅延の説明と、ビジネスホテルに一泊して出直すとメールで送ると来た道を引き返すため踵を返した時、オデコに何かがぶつかった。

壁にしては弾力があるその何かに、私はギョッとして一歩後退する。



「……良い…匂い。」

腰が砕けるような美声にハッと顔をあげると、目の前に背が高い男が私の目の前に立ち塞がっていた。

只でさえ暗いのに、月明かりを背にする男の顔が見えず、私は戦慄した。


いままで、私は女の危機を感じた事はない。

悲しい話だが、私の容姿は非情に男性的で宝塚好きな伯母にはとても好ましい容姿であるらしく、女性としての魅力は一切ない

髪をロングにしても長髪の男にしか見えず、スカートを履けば女装した男子にしかみえない。長身でスレンダーとは聞こえがよいが、太りにくく、全体的に丸みがない私は恐ろしいほど父にそっくりな容姿をしていた。

そのため、ヤンキーの恐喝された事はあっても、変質者や痴漢にあった事はない。

そんな私だが、何故か今、女性としての危機を感じるのは気のせいだろうか?



「…グレープフルーツ…?いや…柚子?」


くんくんと鼻を動かし、固まる私の頭に顔を寄せて匂いを嗅ぐ変質者に、私はジリジリと後退する。

(こ、怖い!)


妹よ、ごめん姉さんが悪かった。確かにこれは怖い。

美少女な妹はこういった類いの変質者によく遭遇するとは聞いてはいたが、これ程とは思わなかった。確かにこんなのに遭遇してたらの両親が過保護なるのも仕方ない。

「…ここにいるって事は食べても…いい?」


私はその瞬間何をとは聴かずに、全力で男から逃げた。

道なんか気にせず、とにかくこの男から離れねば!

私は走った。

今なら国体の選手にも負けないだろう走りをみせながら、全速力で駆け抜ける。

「…ねぇ、何で逃げるの?」

「っ!」

上手く逃げたつもりだったか、私より後にスタートした筈の男に、軽々と追い付かれた。

しかも、尋常じゃない速度で。

これは明らかに人外な速度だ。

男は息も乱さず、私の前方に回り込み、再びジリジリと歩み寄る。

荒手のホラーに私は肩をすくませ、恐怖で涙が思わず浮かび男を見上げると、男は息をのんだような気配が滲みでる。

「…うん。“俺好み"。」

何かを納得したのか、男は私の二の腕に手を伸ばし、有無を言わせず引き寄せると、そのまま私の首筋に唇を寄せた。

あまりの早業に固まる私を良いことに、男はがっちりと腰を抱き込み、私の首筋をねっとりと舌を這わせている。

「─っやめ…ん゛ん!?」

やっと意識が戻った私が抵抗したとたん、舐められていた首筋に痛みが走る。

「い、痛!」

「……ん…美味しい。」

ズズ、と何かが吸われてる感覚に、私は漸く男の正体を察した。

「…きゅ、吸血鬼?」

私の声に反応したのか、男は私を抱き込む力を強め、夢中で私の血を啜る。

「くっ!離せぇ!!」


このまま、出血死なんて嫌だ!!

男をポカポカ殴り、体をくねらせ、その腕から逃げようとしたが軽々と封じられ、逆に頭をいいこいいこと撫でられる。

なんだこれ。


「…チュ……」

貧血でクラクラしはじめたころ、男は私の首筋から名残惜しげに唇を離すと、こぼれた血の1滴すら惜しいと容赦なく舐めとる。

これ以上は勘弁してほしいと顔を見上げるたのが悪かった。

「んぅ!?」


…どうやら、私は血だけではなく、ファーストキスまで奪われたようだ。

初めてのキスはレモン味だと聞くが、むしろ血の味しかしなかった。しかも、舌まで入れられたよ!

初めてのキスがいきなりディープキスというのは本当にやめて!と叫べない私は、ショックでそのまま意識を手放した。










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