R-Blood/Another night
家につくと、そこはもぬけの殻だった。
「…え?」
リビングはテレビがつけっぱなしで、座卓には飲みかけのお茶が入った湯呑みがふたつ置かれている。
「…あー…やられたね。」
「ど、どういうこと?」
「…えっとね、【強制保護】されたんだよ。」
「【強制保護】?」
「吸血鬼の花嫁の家族は強制的に、組織に保護され、蓮条とは別の吸血鬼が治める特区に収容されるんだ。
…君の両親は二人も吸血鬼の花嫁を輩出したからね。貴重な遺伝子の持ち主だと判断されたんだろう。僕らが到着する前に保護されたというなら理事長の仕業だね。」
「なっ、そんな!?」
かたりと、床に座り込むとフレッドのほうから携帯の着信音が響き渡った。
「もしもし?あ、多嘉嶺くん?あ、うん…今ついたとこ。え?一足違いだったの?…うん、いるよ代わるね。」
そう言うと、フレッドは私に携帯を差し出した。
「多嘉嶺くん。代われる?」
「……は…い。」
恐る恐る携帯を受けとると、受話器に耳をあてる。
《申し訳ありません、理事長に報告したのですが、ここまで早く動くとは思いませんでした。》
「あ、あのうちの両親は?無事ですか!?」
《ご無事です。ただ今、状況説明をしているようです。代わりますか?》
「そこにいるんですか!?」
《いいえ。ですがご両親が収容された保護区とは中継ができますので少々お待ちください。》
そう言うと、数分後、電話口に出たのは父親だった。
《…冬歌。》
「父さん!」
明らかに疲れた様子の父親の声に、思わず安堵の涙が浮かび上がる。無事でいてくれたことに、ホッとしつつ、涙を拭う。
《…どうして、こんな事に?》
「私もわからないよ。ただ、春香に差し入れをもっていっただけなのに…まさか、吸血鬼の花嫁にされるとは思わなくて。でも、無事で良かった。母さんは?」
《…寝ているよ。疲れたみたいだ。》
「ごめんなさい…」
《気にするな。お前のせいじゃない。ひとつ気になるのだが、いいか?》
「なに?」
《吸血鬼の花嫁になったのか?候補生ではなく。》
「…うん、…色々あって…。」
《…》
僅かな沈黙に、私は目を瞑る。
受話器の向こう側から放たれる言葉は怒りの罵倒か、呆れた声か…いずれにしても、きっと良いものではないだろう。
《…父さんは今、後悔をしている》
「へ?」
帰ってきたのは意外な言葉だった。
《…春香の時はまだ、心の整理はついた。あの子は次女だし、いつか、お嫁にいくからと…多少甘やかした。ずっとは居られないと思ったからだ。っお前は長女だからと、厳しくしてばかりで、ろく甘やかしてこなかったのは、お前が後継ぎだからだ。》
「父さん…」
《家を、家族を守れるようしっかりした人間になってほしかった。事実、お前はしっかり者で誠実な人間になってくれた。父さんはお前を誇りに思っている》
「…っ嘘だぁ」
《…嘘じゃないさ。お前、自分自身で春香と自分を比べていただろう?》
「…だって、父さんたち、春香に甘かったじゃん。」
《そうだな。だが、父さんたちは冬歌の誕生日プレゼントや入学式、卒業式に授業参観…行かなかった行事はないし、お祝い事はきちんとしてきただろう?足りなかったのは言葉だけで、父さんたちは冬歌をないがしろにしたつもりはない。逆に冬歌に頼っていた部分が多すぎたのかもな。正直、春香は可愛いが何をしでかすかわからん所があるが、冬歌は思慮深いから、安心していた。
それを察してか春香は春香で、父さんたちから信頼されるお前がコンプレックスだったようだ。》
知らなかった…思い返せば確かに春香と授業参観がダブっても、両親どちらかが必ず来てくれたし、誕生日は必ず祝ってくれていた…
てっきり、義理チョコ的なものかと思っていたが、案外真面目に接してくれていたようだ。
《だが、こんなにも早くに別れることになるなんて…もっとお前を甘やかしてやれば良かったと、父さんは後悔している。》
「…父さん、」
《冬歌…よく、聞きなさい。父さん達は、もうお前には会えない。直接電話も許可が降りないかぎり難しいんだ。》
「そんな!なら、お父さんたちも、蓮条市にこれないの そしたら、会える機会だって…」
《…それは無理だ。お前は吸血鬼の花嫁になったんだ。私達はお前の足枷になりかねない。
これから、徹底的に隔離される生活を送ることになる。もしかしたら、整形手術をうけて別の人間として生きることになるかもしれない。それほど、お前の花婿は高い地位の吸血鬼なのだと説明された。》
電話ごしの父の声に、私はショックでその場に座りこんだ。