極上エリートの甘美な溺愛
写真家として忙しい玲華の父は、年に一度か二度、自家用車に家族を乗せて旅行へと連れて行ってくれた。
当時、母と兄も加わり4人で乗り込んだワゴン車はエンジン音が気になる仕様で、ゆっくりと4人で会話を楽しむ雰囲気にはならなかった。
普段家族全員が顔を合わせて会話をする機会に恵まれない生活を送っていたせいか、旅行中に家族でたわいもないことを話す時間は貴重だった。
特に、家族だけという車内での会話は楽しくて、なかなか自分のことを積極的に言葉にできなかった玲華でさえ、その空間の魔法にかけられたかのように饒舌に言葉を紡いでいた。
学校での出来事や、当時夢中になっていたアニメのこと。
大したことではない、それでいて重みのある会話は、玲華にとっての大切な思い出となっている。
そして、当時の車がもう少しエンジン音が静かだったら、もっとその時間を楽しめたのに、とも思う。
最近の自動車は、エンジンの改良が著しく、省エネと同様、静かなエンジン音は当然のことのようになっている。
『Rin』もその例外ではないようだ。
「大きな声で話さなくても大丈夫なんて、本当に心地いいね。すごく気に入った」
玲華の言葉に将平はちらりと視線を向けながら、「ん」と一言呟いて、ほんの少しだけ車のスピードを上げた。
何か思うところでもあるのか、優しい瞳で前方を見つめながら、ぽつり。
「気に入ったのは、車だけなのか?」
将平の小さな声に、玲華は首を傾げながら視線を向けた。
すると、赤信号で車が止まったと同時に将平は玲華と目を合わせ、くくっとのどを震わせた。