月夜のメティエ
「たぶん転校する直前だったんだと思うけど、イチオンになかなか奏真くんが来なくて、廊下で待ってんだよね。会えなくなっちゃったから」

「待ってたのか」

「うん……」

 何度か待った。そして待ち人来たらず。最後の日だ。あの時、廊下の窓から外を見ていた。あたしの心は、イチオンの前の廊下に勝手にタイムスリップする。

「待ってた時に、ふと下を見たら、奏真くんと美帆ちゃんが居たの。なんか、手とか引っ張ってて……」

「……美帆……? ……ああ」

「覚えてる……?」

 奏真が思い出そうとするように、視線を上に向ける。

「俺と美帆、中1でクラス一緒でさ。あいつんちピアノ教室だろ?」

「なんか、そう言ってたね。知らなかったけど。2年で一緒だっただけだから」

「それで、さっきの話に戻るんだけど、宮司先生の恩師って、町田先生っていうんだ」

「町田……、え、町田、美帆?」

 あたしの頭の上にはびっくりマークが付いていたに違いない。そういうことか。

「そういうこと。美帆の母親。宮司先生の恩師は町田先生で、美帆の母親なんだ」

 離婚、転校。ピアノ教室、美帆ちゃんのお母さん。色々な事柄があるべき場所へ納まっていく。これはあたしの中でのことだけど。

「そっか……美帆ちゃん、この間会った時、うちで面倒見てたことがあったって言ってた。そういうことなんだね」

「そう。俺も、ピアノ繋がりで美帆と仲良かったけど、宮司先生に言われて町田先生のところへ行って、美帆に会ってびっくりしたんだよ。偶然だ」

 そういうことってあるんだな……。少しの嫉妬心と共に、偶然ってあるんだなと思った。

「町田先生って厳しくてさ。喧嘩して、辞めてやるって言ってたこともあったな。たぶん、相田が俺と美帆を見たのって「お母さんと仲直りしてよ」とか言い争ってた時だな、たぶん」

「そっか、そういうことだったんだ」

 あたしと知り合う前から、奏真と美帆ちゃんは友達だった。そして、あたしは奏真と出会った。

「離婚して、宮司教室から町田教室に移って、そのあとに母さんの実家の方に引っ越して。引っ越しても、町田教室まで片道電車で2時間くらいかけて、通ってたんだ」

「大変だったね」

「ピアノ辞めたくなかったからな」

 中学生でそんな風にして生活していたなんて。苦労したんだな、奏真。

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