月夜のメティエ
◆ロングヒンジ
◆ロングヒンジ

「相田さん。さっき部長が探してたよ」

 先輩の声に振り向く。オフィスは人が出払っていて、外回りとは縁が無い業務のあたしと部長、ひとつ年上のカズヨ先輩と、パソコンに張り付いて打ち込みをしてる新入社員の男の子と4人しか居なかった。

「そうですか。どこ行ったんだろう」

 探していたというその本人が見あたらないけど。

「あたしに「相田さんは?」って聞いたあとに居なくなったけど、喫煙スペースにでも行ってるんじゃない? また小言でしょー」

 カズヨ先輩がそう言って苦笑した。機嫌悪いのかしら部長。だからってそれをぶつけられても困るんだけど。

「めんどうだなー……」

 まわりに聞こえないようにそう呟いた。そのうち部長も戻ってくるだろうから、遠坂部長はあたしのお父さんくらいの年齢の人で、うちの部署を取り仕切ってる。
 自分のデスクに戻ると、月末の書類と伝票、納品書があった。このことだろうきっと。数字合わないと帰れないからなぁ……。

「あ、納品書の数字は合わせといたから、あと入力だけだよ」

 カズヨ先輩が隣に来て、そう言った。

「ほんとですか! さすがカズヨ先輩~」

「だって、部長が全部相田さんにやらせようとするから。あたし手空いてるのに。そういうとこ使わないでどうするんだか」

 口を尖らせてカズヨ先輩がサイドにひと束ねした肩までの髪をいじった。
 遠坂部長の小言で聞いたことがある。

「カズヨちゃん、30過ぎてベテランだけど、結婚して2年だろ? 妊娠して突然辞めますなんて言ってくると困るから。相田さん今のうちにカズヨちゃんの業務見といて。いつでも引き継げるように」

 確かに、カズヨ先輩は結婚してて、当初は寿退社かななんて思ってたけど「辞める理由が無いし」とそのまま働いている。あたしとしてはとても嬉しいし、好きな先輩だからずっと居て欲しい。

 今の時代、夫婦共働きなんて当たり前だし、子供産んで働くママだってたくさん居る。テレビや雑誌での特集とかも目にする。もっと働きやすい世の中になって行けばいいなと思ったりして。産休、育休。ご主人の理解と協力。会社の環境。色々問題は山積みだ。

 出会ったときや結婚当初、お互いに働いていても、妊娠すれば女性は働けない時期というのが必ずある。その時にどう考えて動くかなんだろう。

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