月夜のメティエ
 マーコは天ぷらを美味しそうに食べながら言った。あたしは、ビールのグラスを持ったまま、マーコと美帆ちゃん、そして奏真、3人の話をじっと聞くしかなかった。あたしの頭は混乱していて……そして辛かった。
 美帆ちゃんの家はピアノ教室だったんだ。知らなかった。そういう互いの家庭事情とかを話す間柄でも無かったもんな……。奏真が当時どこで習っていたのかも知らない。いまの話からすると、美帆ちゃんのところで習ってたのか……な?

「余計なこと言うなよ」

 低い声が隣から聞こえる。奏真の声。

「なんでよ、別に余計じゃないでしょー。2年まで居たの事実だしぃ」

 見るからに不機嫌そうな奏真。

「まーまー。よろしく奏真くん」

 マーコがとりなして、奏真へビールを注いだ。

 小さいグラスだ。ビールを一気にあおる奏真。
 面影がある。浅く焼けた肌と短い黒髪がとても合っていた、視線の真っ直ぐな少年。あの14歳から歳を取っていない奏真が、今日いきなり現れた。男らしくなって、大人になって……。

「朱理、知ってた? 奏真くんて」

 急にかけられたマーコの声にハッとした。

「あ、ああ……うん」

 朱理と名前を呼ばれたことになのか、あたしが「うん」と答えたからなのか、奏真が初めてあたしを見た。目が合った。
 うわぁ……この状況。なんて答えれば良いの。さっき、美帆ちゃんが中学の頃の話をした時に、あからさまに不機嫌になってたから、ピアノの話なんかできない。

「なんか……ああ、見たことあるかも」

「そのレベルかよ」

 マーコの突っ込み。美帆ちゃんも、あたしの発言に反応した様子だった。

「朱理ちゃん、奏真のこと知ってるんだって」

「……しゅり?」

 目が。しゅりって言った。ああもう、こっち見ないで欲しい。目が合って、あとなんか、呼吸もうまく出来ないんですけど。男性経験も免疫もあんまり無いから、本当に……ちょっと……全ての毛穴から何かが出そう。

「そう、だっけ……? ごめん、あんまり」

 宴会場の、たくさんの人の声が遠くに聞こえた。笑い声も、なんだかお酒の味も料理の匂いも、全てが灰色になったみたいだった。

「そ、そうだよねー」

 あたしは、愛想笑いがヘタでいけない。

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