月夜のメティエ

 4人は、中学生時代一緒に過ごしていた。1人はクラスが違う。そしてそのうちの2人は、内緒で2人だけの時間を過ごした。

 ピアノを弾いて、聞いて、感想を語って。笑い合った。少しの間だったけど、あたしにはとても大事な思い出。
 そう。大事な、壊したくない思い出。突然、奏真は居なくなってしまったけれど……。


「ちょっと、お手洗い行ってくる。どこだっろなー」

 あたしは、バッグを持って席を立つ。

「後ろのあそこから出て右だったよ」
「ありがとー」

 教えてくれたマーコに声をかけ、あたしはその場から抜けた。

 耐えられない。奏真はあたしを……覚えてなかった。いつかの再会を期待していたけど、会って、まさかの「覚えてない」事態。

 トイレのマークがあったけど、宴会場近くのトイレなんか入りたくない。誰か来るかもしれない。あたしはロビーの方に行って、そこのトイレに入った。トイレで、誰に見られたら困るから。完全なる泣き顔だったら。同窓会なんか、来なければ……良かった。

「バカだなー……」

 トイレの個室で、巻き取ったトイレットペーパーを顔に当てて、涙が止まるのを待つ。またなのか。トイレで泣くの。あたし人生で一体何回トイレで泣くんだろう。
 中学生の時にトイレで泣いていたのと、26歳で泣いてる今と、何が変わってるんだろうか。体だけ大人になってるだけだね。

 過去の思い出を大事にし過ぎて、磨きすぎて切れそうになってるみたい。淡い思い出も大概にしないといけないね。もういい加減、大人なんだから。

 鼻をかみ、もう一度涙をトイレットペーパーに染みこませて、便器を流す。あんまり長い間、トイレに居たらマーコも心配するだろう。

「もうちょっと飲むかーせっかくだし」

 ひとりごとで気持ちを盛り上げる。少し泣いただけだから、顔に影響は出ていないだろう。大丈夫。ちょっとファンデーションとリップを直そう。
 鏡に映る自分は、あまり気取らない感じの、フロントにリボンがあるワインレッドのワンピース。いかにも、っていうのを避けたくて、少しカジュアルダウンした。おしゃれをして来たのに、なんだか無理に大人ぶって失敗した気持ち。

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