月夜のメティエ
「懐かしいね。元気だった?」
「うそ」

 なにそれ。さっき覚えてないって言ってたのに。

「なんで? だってさっき、忘れてる感じで……」

「だーから、ああいう時はさ……あーなんだオイ。ちょっと、こっち来て」

 震えてうまく喋れない。あたふたした様子で奏真はあたしの手を掴んだ。そして、入口の方へ連れて行く。

「ちょっと、どこ……!」

 あたしに触れる手は温かかくて、胸が締め付けられた。外に出ると、すでに暗く、冷たい風が頬に当たる。

「泣かないでよー。ちょっと演技しただけでしょ。まいったな~」

「あ……」

 言われて気付いたけど、あたしの目は涙を我慢できないでいて、いっぱいいっぱいになっていた。泣くつもり無かったんだけど……。奏真は困った顔であたしを見て、頭を掻いていた。

「いじわるしたわけじゃないから」
「ご、ごめん」

 指で目を押さえる。さっきトイレでメイク直ししたのに意味が無くなった。

「覚えてるの……? あたしのこと」

「イチオンで会ってた相田だろ? 覚えてるに決まってる」

 奏真が笑った。その言葉と笑顔で、あたしは全身が緩んでしまいそう。覚えていてくれた……!

「懐かしいな。俺、転校しちゃって……」

「そう、だよ。あたし知らなくて。会えなくなっちゃって。急に居なくなるんだもん」

 俺、転校しちゃって。その明るいトーンで言われると、あたしが泣き暮らしていたあの時期が恥ずかしく思えた。温度差がありすぎる。

「親が離婚して、引っ越さないといけなくなったんだ。悪かったよ」

「そうだったんだ……」

 中学生の時は自分のことばかりで、想像もできなかったし、今なら探したりしたのかもしれないけど、あの時は分からなかった。自分の気持ちさえも言えなかったんだし。

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