月夜のメティエ
「あんまり変わってないな。でも」

 ちょっと寒いかな。肩をすくめる奏真のしぐさ。胸がドキドキする。

「きれいになったね、相田」

 あたしの想いが中学の時に逆流していってるだけなのか。胸の高鳴りは自分でも抑えられない。聞かれてしまいそう。

「奏真くんも……かっこよくなったね」

 ちょっとだけ風が吹いて、2人の間を抜けていった。

「ピアノ、まだやってるの?」

 2人が出会ったきっかけのピアノ。奏真のピアノ、あたし大好きだったんだ。

「ああ、やってるよ。結局それで飯食ってる感じ」
「へぇ、凄い。ピアノ教室とか? 音楽の先生やってるとか」

 まだ奏真はピアノを続けていた。それを聞いてあたしは嬉しくて、自然と笑顔になってしまった。

「バーとかカフェで弾いてる。あちこち。あとまぁ音楽教室とか。そんな自慢できるもんじゃないけどねー」

 ピアノがあるカフェに行ったことがある。そうか、そういうところで弾いてるんだ。似合いすぎてテンションが上がってしまった。嬉しかった。

「そんなことないよ。凄いよ。奏真くんのピアノ、あたし好きだったもん」

 奏真のピアノが好き。そうすらすら言えたのは、大人になったからだろうか。

「ありがとう」
 照れくさそうな、奏真の笑顔。

 ねぇ、言ってなかったけど、言えなかったけど、あたし奏真が好きだったんだよ。言えなかった。伝えられないまま、あなたは居なくなってしまったから。好きという気持ちの間に、美帆ちゃんの存在があって。あの日、イチオンの窓から見た2人は、いったい何だったのかって。

「あの、美帆ちゃんのところでピアノやってたんだね」
「ああ、正確に言うとそうじゃないんだけど、まぁ話すと長くなるから……」

 なんだか展開が早すぎて、頭が追いつかないんだけれど。さっき再会して、覚えてないだの覚えてるだの、そしていま2人で話してる。

「びっくりした。奏真くん……今日来ると思わなくて」
「そうだな。俺もまさか呼ばれるなんて」

 座れよ、と言われたからソファの隣に座る。あっちの方でも、同級生同士で立ち話している様子が見られた。あたし達がこうしていても、特に不思議がられないだろう。
 って、なにをあたしは意識してるんだ。ばかみたい。

「ま、前田と仲良しなんだもんね」

「転校してからも繋がってたの、あいつと美帆くらいだから。呼ばれて正直嬉しかったよ」

 中学の同級生なんて、高校で離れてしまえば意外と連絡を取らなくなってしまったりする。大人になればなおさら。

「進学とか結婚したりして、なかなかずっと一緒に仲間、っていうのも難しいよね。あたし仕事あるからひとり暮らししてるけど、よく思うもん」

「そうだよな。隣のあの子は子持ちみたいだけど」

「今回の同窓会で久々に連絡取ったけど、仲良かったんだ。結婚すると余計会えなくなるよ。他にも居るよね、そういう人」

「そっかー。そうだな……」
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