月夜のメティエ
 昔は楽しかったなぁ、みたいな感じだろうか。仕事あります、結婚しました、子供産まれました。サイクルやライフスタイルが変わっていけば、今まで通りとはいかなくなることも出てくる。

「なんか、相田は結婚に否定的?」
「そんなことないよ」
「そう聞こえた。働く女性って感じ」

 働く女性もなにも、独り立ちしてるようなキャリアウーマンじゃないけど。

「そんなんじゃないよ。仕事に生きてるっていうんじゃないし」
「結婚は?」
「まだだよ。恋人も……居ないから」

 なんだか言ってて恥ずかしい。

「バリバリ仕事して、あたし1人で生きて行くわって決めてるわけじゃないし、手に職を付けているわけじゃない。かと言って結婚の予定も無い。彼氏も居ない。中途半端なのよ」

 中途半端、本当にそうだ。自分が情けなくて恥ずかしくなる。結婚か仕事か、分かれ道に居るわけじゃないし、それを迫られるほどの仕事でもない。

「あ……あ、ごめん、愚痴っちゃった」

 何を熱くなって語っているんだろう。奏真に言ったって仕方ないじゃない。

「いや」

 腕組みしてあたしをじっと見てきた。このじっと見るの、なんとかならないの? あたしどこを見て良いのか分からない。

「俺も潰しが利かないって思うようになった。ピアノ以外出来ないし」

 それでご飯食べてるなら凄いことなんだけどな……。「俺もだ」と言ってくれる奏真の優しさが少し辛くて、同時にちょっと次元の違うところに居るのかなと感じてしまった。

「奏真くんは、なんか充実した生活してそう。あちこち演奏しに行かないといけないし、ね」

 仕事に忙しく、充実した毎日。それぞれ感じ方は違うんだろうけど、目の前の奏真は落ち着いて大人の男性で、安定しているように見えた。

「そうでもないよ。色々あるよ……結婚の予定があることぐらいかなぁ」

「……け?」

 結婚……するんだ。そうなの。
 本当にあたしって、愛想笑いが下手でいけない。「へぇ、そうなんだーおめでとう!」と軽く言って笑ってあげれば良いのに。

「あ……そうなんだ。結婚、するの?」
「まぁ、その予定」

 なに何回も聞いてるんのよ。
 鼻の奥がツンとした。泣いてはいけない。体も気持ちも衝撃を受け、溢れる想いが行き場を無くしてる。でもその想いの行き先、奏真は、結婚する。

「まだいつ入籍とか決まってないけど。希望的観測」

 それを上の空で聞きながら、奏真の左手を見る。指輪は無かった。

「お、おめでとう。そっか」

 いま、あたしどんな顔してる?
 笑顔で話す奏真の顔、見てられないよ、あたし。

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