月夜のメティエ


「働いてんの? どこ住んでんだよ」

 色々聞かれてるけど、あたしの思考は前に進まなくて、適当に答えてしまっていた。
 奏真は、転校で隣の県に引っ越したけどいまはこっちに戻ってきてること。奏真はピアノの仕事があるから一人暮らし。その、結婚する予定の人は一緒に住んでないんだ。……どうでも良かった。知ったからってどうもできない。

「相田けっこう近くに住んでたな~今度聞きに来いよ。ピアノ」

 愛おしさと悲しさがない交ぜになっている気持ちをかき回すように、奏真はそう言う。

「LINEやってる? ID教えるよ」

 スマホを取り出す奏真。またここでもLINEか。あたし本当に遅れてるの。

「ごめん、やってなくて……いまどき、みんなそれなんだな。あたし遅れてる」

「はは、相田らしい」

 なにがあたしらしいと言うのだろう。優しく笑う彼の視線が辛い。あたしの気持ちのドス黒さを気付かれないように目を逸らすしかなかった。

「番号教えて。聞きに来てよ、ピアノ」

 あたしの好きだった人。あたしはまだ中学生の自分から抜け出せてなくて、大人になってもあなたを引きずってる。あの時の思い出。イチオンでの奏真のピアノ。


「相田、ドビュッシー好きだったもんな」

 そうやって、笑うの。中学生といまの間、お互いにどう生きてきたのか、分からないけれど、それぞれに人生は進んでいた。大人になってまたあたしの前に現れた奏真。あたしは、成長してるの……?

 なんで、再会してしまったんだろう。巡り合わせの不思議に、唇を噛んだ。



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