月夜のメティエ
「はい……はい、担当者が本日、あいにくお休みをいただいておりまして」
午後イチで鳴った電話に出て、あたしはさっきから受話器を持ったまま頭を下げている。遠坂部長があたしの横に立っていて、視界に入るのがウザい。
「はい、申し訳ございません。明日の期日までには必ず。はい、請求書はお持ちします……はい、朝イチで。申し訳ございません」
取引先の担当者が、明日期日の納品請求書を、前倒しで今日欲しいと言ってきたのだ。
なんで、今からか。まじか。しかもそのデータはカズヨ先輩が担当で、書類にして残していなかったから、手元に無くて、電話に出たあたしもよく分からないものだったからだ。
控えでもあったならなんとか対応し、FAXでも一応のことが済んだかもしれないのだけれど、本人に聞かないとデータがどこにあるのか分からない。休んでるから連絡取るのもはばかられる。請求内容もあたしじゃ分からない。
「だから急に休まれると困るんだ。仕事やる気あるのかね」
遠坂部長が後ろでブツブツ言っている。そして耳から「なんとかなんないの?」との声。この先方の担当者、ちょっとイヤミなんだよなぁ……。
「申し訳ございません。明日の朝イチでお持ちいたします。はい……はい」
早く納得して、電話終わって欲しい……。切りたい。
「○○センター現場へ、LEDと配線器具類の……はい。ケーブルは単価が……」
肩と耳に受話器を挟み、メモを取りながらパソコン操作する。ピアスがカチャカチャ当たった。手元に資料が無いから、数量と単価はあとで確認しよう。
こういった取引先は、担当者と納期打合せをしていても、今回みたいに強引にことを進めるのは当たり前で、品物・商品を納品しているこちらとしては、納期を早めて欲しいとか、請求した後に追加納品だ返品だと、色々事態が変わってくる。そういうのが当たり前なのだ。対応できなければ「じゃあ君んとこ、もう使わないから。いらない」って言われる。顧客を失うわけだ。
営業の人達が矢面に立ってはいるけど、事務方のこっちもバックアップ体制が整っていないと、急変に対応できない。納品先の担当者や、顧客の事務や経理とやり取りすることもしばしば。
「申し訳ございません。ありがとうございました」
変な言葉選びになってしまったが、謝り倒して、ひとまず担当者が納得した様子で「じゃあ明日頼みますよ」と言ってきたので、なんとかなりそうだ。また謝罪の言葉を口にし、あたしは電話を切った。
大きなため息が出る。書類が吹っ飛びそうになった。汗かいた……。