月夜のメティエ

 仕事が終わり、帰りの電車に揺られながら、窓から夜の街を見ている。
 部活帰りなのか、制服の学生やらサラリーマン、自分と同じ仕事帰りの女性達。時間的なものもあるけど、なんだかみんな疲れているように見えてしまう。

「ふう。疲れた……」

 電車から降りて、ブーツの中で窮屈そうにしてるむくんだ足をちょっと気遣う。駅前のスーパーに寄ってビール買おう。ちょっとだけ飲みたい。
 一応、週休二日制の会社だから、お酒を飲むのは週末だけにしている。平日にあまり飲まない。週休二日制とはいえ、土曜日に仕事のこともあるわけなんだけど。

「働くって大変」

 夜空に向かってそう呟いた。帰っても誰も居ないし。部屋は寒いし。

 6階建てマンションの3階。エレベーターではなく階段で向かう。スーパーで買った350ml6本入りビールと枝豆、そういえば冷蔵庫が空だったと野菜などを買い足し、それらが入ったエコバッグが肩に食い込む。

「ただいまぁ……」

 誰も居ないけど。
 バッグとエコバッグを床にどさりと置き、ビールを取り出してぐいっと飲む。

「あーうまー!」

 仕事のあとの1杯って感じ。あんまり飲み過ぎないようにしよう。明日も普通に仕事だし。
 小さいテーブルの下に投げてあったファッション雑誌を取り上げた。この間の同窓会の為に、買ったもの。あまりこういうの定期的に買わないんだけど……。どういうスタイルで行こうか悩んだから、ちょっとね。なんとなくね。コンビニで買っちゃったんだ。ペラペラめくると「冬のデートはこれで攻めろ」っていう見出しと、週末デートスポット別スタイルが載っていた。
 奏真は、どういうのが好みなのかな。女性らしいのが良いのかな……やっぱり。女性らしいって?

「……なに考えてんだろ」

 缶の半分程になったビールを一気飲みして、2本目を開ける。プシュッという音が心地良い。1本に束ねた髪の結び目がちょっと痒かったから、指を突っ込んで掻く。

 テレビを点けようと思ってリモコンを持った瞬間、バッグの中でスマホが鳴った。メールじゃなく電話だな。なんだ? こんな時に。あたしのくつろぎの時間だというのに。時間は21時を過ぎたところだ。

「え!」

 画面を見ると、かけてきた相手はなんと奏真だった。え、え、どうしよう。出る? いや出ろよ!

「……は、はい」
「もしもーし。林ですけど」

 林くんだよ奏真くんだよ。なんでかけてきたの。なんでってこと無いか。用事あるんだよね。

「元気? まぁこの間、会ったばっかだけど」
「うん、元気。奏真くんこそ風邪ひいてない?」
「ひいてないよ」

 2本目のビールは、口を付けないでテーブルに置いた。ドキドキしてる呼吸を整える。
< 36 / 131 >

この作品をシェア

pagetop